障害者保健福祉部 機関紙
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第5号 2003年 夏号
発行:(社)大阪府理学療法士会 障害者保健福祉部 〒540-0003大阪市中央区森之宮中央2-4-7 TEL. 06-6942-7233 印刷所:身体障害者授産施設 大阪ワークセンター 〒594-0031 和泉市伏屋町 5-10-11 TEL. 0725-57-0883 |
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大阪障害者職業能力開発校 〜〜障害者の職業的自立を目指して〜〜 ○設置目的 本校は、職業能力開発促進法に基づき、障害者が職業に必要な技術・知識を習得して職業的に自立し、生活の安定と地位向上をはかることを目的に国が設置し、大阪府が運営する職業訓練施設です。 ○施設の概要 本校は、堺市の泉北ニュータウンに平成4年に移転されました。約18,000?の敷地に管理訓練棟、宿舎厚生棟、プレイホール、運動場などがあります。 移転・建替えを契機に訓練科目を一新し、すべての科目でパソコンを導入することにより、「企業が求める人材の育成」、「障害者の受講ニーズに対応する職業訓練の展開」を目指しています。 ○訓練科目(平成15年度)→下の表をご覧下さい。 ☆大阪障害者職業能力開発校 堺市城山台5丁1ー3 Tel. 072-296-8311 ■委託訓練施設 ☆日本ライトハウス職業リハビリテーションセンター 大阪市鶴見区今津中2-4-37 Tel. 06-6961-5521 視覚障害者を対象に構内電話交換科や情報処理科が設置されています。 ☆大阪市職業リハビリテーションセンター 大阪市平野区喜連西6-2-55 Tel. 06-6704-7201 身体障害者を対象に情報処理科でプログラマコース、システム印刷コース、販売実務コースがあります。 ☆摂津市障害者職業能力開発センター 摂津市鳥飼上5-2-8 Tel. 0726-53-1212 身体障害者を対象にOA実務科が設置されています。 |
対 象 |
科目名 |
期間 |
定員 |
教 科 内 容 |
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1年 |
2年 |
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身 体 障 害 |
情報処理科 | 2年 | 10 |
10 |
情報処理システムを開発・運用・管理する技術を身につける科目です。コンピュータ関連および事務関連知識とネットワーク環境におけるパソコン操作法・プログラミング技術・システム設計・プレゼンテーション技術などを基礎から2年間かけて学びます。
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メカトロ技術科 | 10 |
10 |
コンピュータとエレクトロニクスで、機械をコントロールする技術を身につける科目です。ロボット製作を通じて制御プログラミング技術と電子回路などの知識と技術について基礎から2年間かけて学びます。
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CAD 製図科 | 1年 | 20 |
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設計・製図に関する知識・技術を身につける科目です。コンピュータを用いて図面の作成(CAD)、材料力学、機械設計、機械製図、テクニカルイラストレーションなど機械の設計に必要な技法やコンピュータの操作・活用法を学びます。
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OA ビジネス科 | 10 |
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IT化に不可欠なパソコンによる事務処理技術を身につける科目です。OA・事務関連知識とワープロ・表計算・データベースなど実務で用いられる事務関連ソフトを使いこなすための技能・技術を学びます。 | ||
製版アート科 | 30 |
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コンピュータを用いてDTP(文字入力、イラスト作成、写真加工、編集)による印刷原稿作成の知識・技術を身につける科目です。マルチメディアに対応してデジタルカメラ、コンピュータグラフィックスを用いホームページの作成などについて学びます。
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アパレル科 | 20 |
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服作りのすべてがわかる「モデリスト」を育成する科目です。コンピュータを用いてパターンメイキング・グレーディングの知識(アパレルCAD)、工業用ミシンや特殊ミシンによる各種部分縫いを通じて、婦人服および子供服の縫製仕上げ技術を学びます。
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POPデザイン科 | 20 |
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店舗で見かけるプライスカード(価格表示)、ショーカード(商品説明)などのPOP広告をコンピュータを用いて制作する科目です。コンピュータ操作、カラーバランス、レイアウト、ワープロなどPOP広告に関する知識と作成技術を学びます。
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知 的 |
作業実務家 | 30 |
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知的障害者が就労自立するために、体力・持久力・社会性などを身につける科目です。園芸・縫製・組立の分野作業を通じて、個人の能力と適性を高め、就労についての作業習慣などを学びます。 | |
計 | 8科 |
170 |
身体障害者対象入校ガイダンス(手話通訳がつきます)
7/17(木) 9/25(木) 10/23(木) 11/27(木) 1/8(木) 1/27(火) |
入校に際しては必ず居住地の職業安定所の障害者の窓口で職業相談を受け、入校願書などの必要書類を入手し、職業安定所に提出してください。 また、当校では入校ガイダンスとして入校説明会を実施しています。できるだけ参加して訓練風景や施設を見学し、最適な科目を選択してください。平成15年度の入校ガイダンスの日程は次のとおりです(事前に電話などで申し込みが必要です)。 ○入校選考 学科試験(国語・数学)、面接、動作能力測定、適性検査を実施します。今年度の入校倍率は約2倍でした。 ○就職状況 長引く不況の影響で就職先の確保が難しい状況が続いていますが、平成13年度の修了生の就職状況は57%で、平成14年度は67%でした。 ○就職後のフォローアップ 在職者の技能の向上を図るため、短期間の講座(テクノ講座)を実施しています。今年度はワープロ(ワード)の基礎・応用、表計算(エクセル)の基礎・応用、ホームページ作成など11のコースを予定しています。 |
不況が叫ばれ健常人の就労さえままならない現在、障害をもっての就労の現状はどうでしょうか。高木さんは頚髄損傷、30才の男性で、車いす上の動作、車いすと自動車のトランスファーまで可能な方です。平成4年に受傷され、1年間の入院生活の後、自宅復帰されました。高木さんは労災事故による受傷で、経済的には特に支障はありませんでした。仕事に就くまではスポーツを趣味として生活を楽しまれていました。しかしその生活に何か物足りなさを感じていたそうです。 その物足りなさがきっかけとなり、平成12年から常勤で印刷物のデザイン・編集の仕事をされるようになったそうです。労働時間は8時間が原則ですが残業が多く、通勤も自動車で片道40分もかかります。休暇は土日、ちなみに給料は16万前後かなと教えてくれました。 就労の窓口となったのはハローワークの紹介でした。 仕事探しから6ヶ月で就労できたそうです。運がよかったのだと高木さんは言います。 仕事してよかったことは、の問いに、「充実感」と答えが返ってきました。ただ健常人より仕事に時間がかかり、帰宅が夜遅くになることも多いため、時間に追われて疲労が蓄積するそうです。日常生活動作に時間がかかる頚髄損傷では睡眠時間にしわ寄せが及んだり、長時間座位をとっているため褥創のリスクが高いこともあります。そのため高木さんは様々な工夫をされています。 こんなハードとも思われる生活の中でなにか困ったことはという問いに対して「さあ別にないかな!」との答えで、私が思ったより就労が無理なく生活の中に溶け込んでいるのを感じました。 最後に仕事をしたい人へのアドバイスとして「仕事はお金儲けだけじゃない!」と言われ、仕事の持つ意義を改めて考えさせられました。 (ひ)
復職のきっかけ 小学校の教諭だった松下さんは、脊髄動脈の病気のため両下肢の麻痺となり、入院・リハビリ生活を余儀なくされました。 毎日リハビリに精を出すなか、移動動作もままならない状態であるにも関わらず、医療スタッフからの社会復帰の勧めがありました。しかし、そのころは障害を受容するのが精一杯で仕事のことまで考えられないのが現状だったそうです。 職場の仲間の方たちも、車椅子でも復帰できるようにと小学校内へスロープや障害者トイレの設置などを市へ要請。「前例がない」と難色を示されたりなかなかスムーズには進みませんでしたが、医療ソーシャルワーカーの協力や障害者雇用に対する世論の流れも手伝い、受け入れ態勢は整いました。しかし、通勤手段の未獲得やご自身の体調不良・再入院などから、結果的には復職に至りませんでした。 退院後、約二年半。車での通勤手段も獲得され、あとは、復職への第一歩を踏み出すご自身の勇気のみとなりました。その頃、同じ時期の入院仲間達の就職も決まり、松下さんも少しずつ仕事というものを意識し始めたそうです。そこに講師依頼のお話があり、これがきっかけとなり再び「仕事がしたい!」という気持ちが芽生えたそうです。現在57歳、非常勤若年特別嘱託員として復職を果たされています。 振り返ると、入院中の医療スタッフや仲間からの励ましは、プレッシャーでもあったが、それを乗り越えて復職した今、自分自身の生活に「張り合いや喜び」が生まれていると話されています。 「今までと同様の仕事をすることは無理。でも今だからこそできる仕事がきっとある。それを見つけることが大切」「まずは、やってみる、ぶつかってみること」と、今日も子供たちに教科書では学ぶことのできない経験・体験をご自身を通して伝えておられます。 (た) |
山口さんは1951年生まれ。10歳よりゴルフを始め、19歳でプロテスト合格。20歳でツアー初優勝(ミズノオープン)。しかし、プロゴルファーとして活躍を期待されはじめた24歳の時、交通事故で『脊髄損傷による四肢麻痺』となってしまいました。それ以後、人に会うのが嫌で月に一度通う病院以外はどこにも行かず、自宅に閉じこもるという生活を20年間されていました。 山口さんに転機が訪れたのは45歳で入院した時でした。自分より重度の障害者が社会参加している姿を見て「このままではいけない」という気持ちが芽生え発奮し、閉ざされた心が開いていきました。それからは家の外へと出ていかれるようになったのですが、「浦島太郎」の心境だったと語ってくれました。その後、色々な人たちと接するようになり、障害福祉センターでスポーツを勧められ、仲間と一緒にどんどん外に出られるようになったそうです。現在はゴルフ指導者や電動車椅子サッカー選手として多忙な毎日を送っておられます。 そんな山口さんのお仕事は障害者生活支援事業団体の代表です。この団体は国の委託事業として1999年に発足し、障害者のための情報提供や問題解決を共に行う障害者の自立支援を目的とした団体で、ピア・カウンセリング 山口さんに仕事の内容を聞くと「口下手だから何も話すことはできません。ただ障害者の人たちに、自分が外で楽しそうに活動している姿を見てもらえればいい」と話されます。またピア・カウンセラーの仕事で「いろんな人との出会い」を大切にされ、「助け合える、補い合える」仲間を作ることが、職業復帰していく上で重要だと山口さんは言われます。 今山口さんは彼自身がロールモデル (な)
註)*1 ピア・・英語で仲間のこと*2 ロールモデル・・将来像を描くときの見本となる人 |
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日本経済は不況からなかなか脱出できず、先行き不透明な時代が続いています。リストラ・会社倒産・統廃合という言葉があちこちで聞かれます。 今回、第5号では仕事について特集を組んでみました。仕事をされている3人の方々は、自分の技術・能力を生かして仕事をされていました。そして生き生きとした生活を送っておられました。また、仕事に就くまでにはそれぞれ転機があり、大きく影響する方がいらっしゃいました。私達、理学療法士は障害をもたれた方に早い時期に関わり、その方々の支援者・応援者になりうる職業です。すこしでもそのきっかけのお手伝いができれば幸いです。 最後になりましたが、貴重なお話を聞かせていただいた方々に厚くお礼申し上げます。 (下)
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